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2006.05.29
第24号「日本テレコムでの会議」
たまにはこんな写真も載せておかないと、東さんはいつも遊んでばかりいると思われるので・・・・・・・。たまには・・・・。
リクルート時代からの友人でもある、日本テレコムの富村副社長から依頼されて、現在企画熟慮中のコンサート。今評判のコンラッド・ホテルでこの夏予定している東儀秀樹さんのコンサートの打ち合わせの模様。
2006.05.20
第23号「レインボーブリッジに虹が架かった」
レインボーブリッジに虹が架かった。その虹を見るためにレインボーブリッジが渋滞をしている。
私だけでなく東京の空に虹を見るなどという偶然は、ほとんどの人が考えてもいなかったはずだ。
初夏の激しい五月雨の後、高尾山の裏側に沈む夕焼けの橙色の反射光と、東シナ海の西風で押し流されるように早足で太平洋に向かう鱗雲の真ん中に現れた虹は、小学生が使う分度器で計ったように正確な円弧を描いている。
人は一体生きている間に、何度虹を見るのだろう。
以前訪れたフィリピンのプエルト・アズ―ルで、丁度同じ夕暮れ時に虹を見たことがあった。3本目のダイビングをしてボートの上で大の字になってゴーグルを外したとき、酸素が欠乏していることもあって虹が緑一色に見えた。
虹は地球上のあちらこちらの場所で出没し、一色の場合もあれば七色の場合もある。子供たちの虹の絵を見ると七色になっているが、気象学的にいうと、七色のクレヨンが必要なのは恵まれたことに、この日本や一部の地域だけで、普通は4から5色しか見えない様ある。
でも彼らの、将来の描くの画用紙の上には、ばら色のクレヨンがなかなか見つからないようだ。
2006.05.19
第22号「福岡の一蘭本店にて」
ラーメンブームが定着してから凡そ30年ほどになるだろうか。皆さんもご存知の通り、福岡産のとんこつラーメンをリーディング・ヒッターに、札幌の海鮮味噌ラーメンまでチェーン店化した専門店は100銘柄をゆうに越えている。
テレビや雑誌で毎日のようにラーメンにまつわるランニングや記事が掲載され、視聴者はそろそろ食傷気味で・・・物好きな僕は折に触れその殆どの店のラーメンを少しづつ食べ歩いている。
この夜は新しい事業(モバイルバード)の技術スタッフとの打ち合わせで福岡を訪れたので、中洲にある一蘭の0号店を訪れた。
本来ならばこの一蘭にはもっと早く訪れる機会もあったのだが、塀に囲まれたような格好で隣の人と壁を作りながら、ひたすら食べるのみに集中するというレイアウトがどうも寂しいマニュアルのような気がして・・・・・・。
いつものようにチャ―シュー麺を注文して、@目を閉じてスープを口に含みながら、Aチャーシューの湯で具合や舌触りや、肉の質を楽しんでみた。次に、Bチャーシューの中に何本かの麺を巻き込んでまた噛み噛み。次に、Cまた目を閉じて、蓮華の中にスープとねぎを入れ、ねぎの鮮度をフムフム。さらにDどんぶりの中を箸で軽く混ぜてスープのみをシュルシュルシュル。申し訳ないと思いつつ、どこの店でも減量中の為、E麺は3分の1ほど残すようにしている。
「一蘭は、噂通り一人前の完成された型を持つラーメンであった。」
昔、伊丹十三監督が映画「たんぽぽ」の最初のシーンで、ラーメン丼の真上からの映像をオープニングのシーンで使っているが、スープの色と味は必ずしも比例しているわけではないので参考とはならない。
2006.05.05
第21号「亀田興毅選手 世界タイトルマッチ前哨戦の控え室」
有明コロシアムのVIP待合室に、凄い顔ぶれが勢ぞろい。滅多に見られる光景ではない。最初に訪れたのは、赤いマフラーのアントニオ猪木氏。次に訪れたのは、戦後最強のイベントプランナー康芳夫氏。この二人は30年ほど前に世界中が注目した異種格闘技戦、世界ヘビー級チャンピオン、モハメッド・アリVSアントニオ猪木を興行した。
暫くすると、プロシードの石川代表が現れた。おそらく、今日試合を行う亀田興毅君のコンテンツとしての価値を確認しに来たのだろう。さらに、後ろ向きのフードを着ている男性は、元アイドル、今でもアイドルのスリー・ファンキーズの長沢 純氏。さらに、この写真とは別に、高橋尚子を育てた小出監督。そして、環境大臣の小池百合子氏。さらには、野村克也監督夫妻・・・・・・・・・突然、叶姉妹まで。
亀田三兄弟の人気の中身は“昇り竜”、敵も見方も、嫉妬も賞賛も、応援も罵声も、順風も逆風も・・・・も・・・・・そう言えば控え室の面々はコンテンツにつき物の、そんな事すら乗り越えて生きてきた。
「船の帆は、大きければ大きいほど風を飲み込む」東
2006.04.25
第20号「長嶋一茂氏との嵐のロケーション・ハンティング」
何をやるにもすべては“現場”から始まる。よくある話だが、殺人事件などの犯人の痕跡も必ず“現場”に残っていると言うし、どんな名曲も幼少の頃に耳にした記憶に残った音階がのちに美しい楽曲の原点になると聞いたことがあるし、極端な話、この広い宇宙に地球のように水分のある惑星かどうかも小さな隕石のかけらを分析した結果発覚することもある。
来年の公開を目指して企画中のある映画のロケハン(ロケーションハンティングとは、撮影現場の視察のことをいう)に、千葉の郵便局を訪ねた。この映画を、長嶋一茂氏とブレスト(企画を出し合いながら、脳みそに嵐を吹かせること)しているうちに、ブレストの前にロケハンをしたほうが無駄な想像力を使わなくて良いという話になったからだ。
この映画のストーリーの舞台にもなる郵便局や、漁村や、富士山の見える海岸や、地元の小さな食堂を回っていると、天気予報の予想通り突然、嵐のような大粒の雨に襲われた。
墓参りのシーンの場面は太平洋を見下ろす岬の灯台である。小さな灯台の屋根の先端に設けられた避雷針に、空を覆った黒い雷雲の中に含まれたすべての電気が雷となって一点に集中して落雷している。こんなシーンは、とても机の上のブレストではイメージできないほどの閃光であった。
週に何回もの役員会で、現場にでるエネルギーさえ失ってしまった会社の経営陣も、本当に会社を愛するのであればロケハンをお薦めする。
現場に出て、お客様の顔を見る、商品の展示状態を見る、ベット上で朦朧としている患者を診る、リングサイドでファンの声援を聞く。この日本は限りなく無限大の現場が存在し、そこには永遠の創造力が溢れているはずだ。
2006.04.23
第19号「早川の漁港」
昨夜から友人の東氏(あずま)の経営する「湯楽」(温泉旅館)に滞在している。今朝は早起きをして、車で5,6分のところにある早川の漁港を訪ねてみた。
先ほどまで漁に出て仕事を終えたばかりの漁船から、新鮮な魚の匂いや、まだ熱を持った重油の匂いが溢れ、海から岸壁に続く階段には、たくさんの鱗が朝の太陽を受けてあるものは青く、あるものは虹色に放射している。
魚をおろす漁師たちの日焼けした筋肉の残影があちこちで声を上げている。
今年の春も世界的な異常気象のために海水の温度が上がり、本来獲れるはずの旬の魚が見当たらない。加えて、ベネズエラの強気と中近東の混沌で、原油価格が高騰しているため、漁に出ない船も出始めている。
私は寿司が好きである。とりわけ光物が大好きで、鯵、鯖、鰯の3種類が寿司屋のショーケースから、どれか1種類でも欠けると寂しくなる。
先週も銀座の寿司屋で、鯖ばかり1時間に渡り食べ続けた。今晩は、小田原駅前の友人が経営する「みどり寿司」に顔を出し、鰯と鯵を交互に食そうと思う。
2006.04.15
第18号「オーラを放つ魔裟斗氏の人生」
聖路加病院の日野原先生は、“人生とは、人間が一生に生きている時間そのものである”とおっしゃっている。
恵比寿の撮影スタジオで、この夏発売予定の写真集の追い込みをかけている写真家の清村先生を訪ねた。
天井の高いコンクリート剥き出しの空間に、撮影に使った何十着もの衣装が散らばっていて、たった今、最後のカットを取り終えたばかりの魔裟斗氏は、奥のドレッシッングルームで格闘技とは違うPRという商業的世界の緊張感から開放されて、足を組みながらやわらかい笑みを浮かべていた。
K-1という格闘技は、1ラウンド3分の戦いを、3ラウンド、つまりたったの9分で世界一の強者を決めるトーナメントである。
私たちも実は毎日の時間をどう費やすかで・・・・その蓄積で人生が決まるのであろうが、その9分という凝縮された舞台で魔裟斗氏は、人生を燃焼している。
獲物を追う狼のような獰猛な目と、獲物を食した後の満足げな優しい目との落差が、今回の写真集のテーマである。
「僕はモデルではなくて、格闘家ですのでこんなスポットライトは苦手なんです。」と、はにかんだ魔裟斗のデリカシーをどう表現するのかは、いまだ解決できない私の課題でもある。
写真集のタイトルは「オーラ」。彼の、微笑みそのものが放つ人生のやさしさと、厳しさである。
*「AURA」MASATO PHOTOGRAPHICは、扶桑社より好評発売中です。
2006.04.14
第17号「長嶋一茂さんは、・・・・元気な人と一緒にいよう・・・・元気は“心の伝染病”」
私は、元気な人が好きだ。元気な人と一緒に居ると、必ずこちらも元気になる。何故なら・・・・・
元気な人の仕事の特徴は、シンプルであり、スピードが速い。底抜けにオープンで裏がない、よって仕事の行く先が共有できる。だから、無駄が少ない、ストレスがない。集まる仲間も元気系・・・つまり一流である。
創造的な集団になる。
だから仕事がもっと元気になる。
“元気は人に連鎖し、ビジネスに連鎖し、きっと世の中にも連鎖する”。
長嶋一茂さんは、そんな“笑顔と元気の伝道師”である。
「今、ご先祖さんの墓参りに行ってきました。何故か、挨拶をしなきゃぁ・・・なんて気分になりまして。心が引かれたんですよ」
「ほんと、故郷っていいですね。ほっとして、疲れた心が解けちゃうみたいで、楽な気持になりますね」
長嶋名誉監督の切手をプロモートした関係で、一茂氏が郵政公社に「1日手紙大使」を依頼された。
訪れたのは長嶋家の故郷である千葉県佐倉市の佐倉郵便局と開催中の名物「チューリップ祭り」。
佐倉郵便局の壁面は、背番号3に象った切手のポスターと“歓迎・長嶋一茂さん”」の文字。駐車場でたくさんの局員さんと、地元の皆さんのお出迎え。
村上局長はじめ、隣町臼井局長の岡野さん、それに関東支社の渡辺さんのきめ細かい配慮に感謝!
郵便局員さんの業務分担表に「長嶋」さんの名前を発見!
「この方は、親戚かも知れませんねぇ。きっと遠縁かなぁ」
僕は、こんな一茂氏の発想を尊敬している。
チューリップ祭りの会場は1000人近い、一茂ファンで溢れていた。
同じタイミングで拍手が起こり、同じ顔で笑っている。同じ気持でスピーチを聞いて、視線はステージの一転集中・・・・・・・・故郷っていいなぁ。
東京から、わずか車で40分。
佐倉は、元気の出る街である。元気のいい人がたくさん居る街である。
2006.03.29
第16号「バンコック・パーティ」
「何処か、海外でした?」
「スミマセン、お邪魔するのがおそくなりました」
ほんの少し握力が、弱くなった気はしたものの、並外れた精神力は健在だった。
「あの鬼塚の代々木みたいな、派手なのをやりましょうよ」
「そうですね、退屈な試合が多いですものねえ」
病に倒れて入院していた先代の金平会長を、見舞いに訪れた日のことを、思い出していた。
確か、お土産に“軍艦マーチ”のなるオルゴールを持っていった。
「ヒガシさんも、ご存知の通り、“うちの家は本当にタイにお世話になってるんです。海老原とキングピッチ以来ですから・・・・30年以上のお付き合いですよ」
タイ陸軍総司令官のムアングマンニー氏主宰の晩餐会には、元首相のタクシン氏の親戚も在籍、先代から続く協栄ボクシングの金平桂一郎氏の東南アジア諸国との“熱い関係”には驚かされた。
昨日の日記にも書いたように、タイの世界チャンピオンを日本に招聘してタイトルマッチを行うのは、ただ単にファイトマネーを積むだけの契約ビジネスでは済まされない。“国家的ヒーローをお借りする”という政治的な義理や人間的な恩を感じてもらわなければ、プロモーターとして二流なのだ。
「今度、ロシアの選手をヒッパッテきますから・・・・・・これからの格闘技はロシアですよ。今、桂ちゃんが修行に行ってますので・・・・・・」
2回目に、病室にお邪魔した時、やや小さくなった顔でクールに事業意欲をのぞかせていた。
まるで自宅にいるようにリラックスして、焼酎に頬を赤らめた現会長の姿が、何処か先代に似てきたのを感じていた。
2006.03.28
第15号「ラジャダムナン・スタジアムは、日本の国技館」
河向うのペニンシュラ・ホテルで食事を済ませた後、車とバイクと自転車の混雑をジグザグにツイストしながらルンピニー・スタジアムにムエタイの観戦に出かけた。
タイの国技でもあるムエタイは、王室系(陸軍系)のラジャダムナンという組織と、警察系のルンピニーという組織に分かれている。
いずれもランキングを持ちチャンピオンは国宝級の待遇を受けている。言ってみれば我が国の相撲と同じようなもの。・・・・・(外国人がこのムエタイの頂点に立つのは至難の業であるが)
馬券売り場のような人混みの中で、ダフ屋らしき女性からリングサイドのチケットを4000円(定価は1000円程度)で購入。中学生ぐらいの場慣れした係員の案内で席に着いた。リングでは、前座の試合を展開中、既に、肘うちで眉間を裂かれた選手が、相手の頭を抱え込み、わき腹(レバー)を膝蹴りで連打していた。賭けの胴元が、双方のリング・サイドに陣取り、攻撃に合わせて声を上げて応援する。・・・(日本でもこの応援の仕方を真似ると良いかなぁ)
どんなに、打たれても顔を歪めない。どんなに出血をしても、動揺しない。太ももが青く痣(あざ)になってもキックを続ける。この戦士たちは意識が無くなる寸前まで、相手に立ち向かう。この白熱した死闘に自らの体温を上げた数千人の観客で、会場の温度は40度近くになっている。
ムエタイの歴史は、タイの歴史を織り込んでいる。アユタヤ王朝時代、隣国ビルマ(ミャンマー)による侵略の危機の中で、素手で敵を打ちのめす為に、国家レベルで教育普及された武術。かつて、捕虜になった味方を釈放する為に、たった一人でミャンマーに殴りこんだ英雄(ランボーだね)もいたようだ。
「全身に毒を持っている」と言われるこのムエタイ。毒の抜かれた、我が国の男性にも是非お薦めしたいスポーツ。
頭の中ばかりで物事を整理することに慣れすぎてしまった若者たちよ!たまには、“痛みや”“出血”を確認しながら、自分の肉体が生きていることを感じるのも悪くないと思うのだが。
神様の創ったルールに従って・・・・・・。
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