DIARY:夕焼け少年漂流記

 

2006.09.29

第36号「上諏訪と原田泰治美術館」

 さだまさし氏に原田泰治先生を紹介されてから、10年近くなる。子供の頃、小児麻痺で足を患った先生は、車椅子を器用に操りながらホテルニューオータニのバー・ラウンジで談笑していた僕たちのテーブルにご挨拶にいらした。

あの底抜けに明るい先生の美術館を、一度はお邪魔しなくてはと思いつつ、やっとのその機会にめぐり合えた。

今では、なかなかお目にかかれない郷土の景色の原形をテーマに、誰の心にも残照している“古き良き日本の原色”。      
その手法の暖かさはやがて朝日新聞の表紙を飾り、一気にファンを獲得することになる。

 初秋の諏訪湖は、名物のかりんで縁取りされ、湖畔を散歩していると丁度日没を迎えた。中央アルプスの向こうに裏富士さえ見えないものの、連々とした漆黒の山並みが浮かび、湖面が柔らかな赤銅色に染色されていく。海に落ちる夕焼けとは違い、湖の向こうに深く沈む夕焼けは見るものの視野が限られているだけにより一層切なくもなる。
冬が近づいているせいか、春や夏のような旅人の雑多な喧騒や無駄な色彩がなく、それがかえって諏訪湖の静寂を単調で物憂いものにしている。

 上諏訪の標高は、一般的に800メートルと言われている。人間が住まうのにもっとも適当な気圧らしい。

 山脈と湖畔と湖がやがてただの黒に変わった。信州名物のそばでも食べて中央線に飛び乗ろうと思う。