DIARY:夕焼け少年漂流記

 

2008.09.13

第35号 月刊「美楽」10月号

『赤とんぼ』

 赤とんぼは、よく目にする類のとんぼで、有り難味がなかったような気がしたのは誤りだったのであろうか。
 秋の気配に、一斉に波を打ち始めた枯れススキに、数えられないほどの赤とんぼが息を静めて止まっている。それぞれが、行く夏を惜しみながら物憂げな目をして、微動だにしない。短い夏を生きることに全うすることに疲弊したのか、それとも山の向こうに沈む太陽の臙脂(えんじ)の変化を鑑賞しているのか、無防備で指を伸ばしても動かない。まるで、結論を出さないことを堪能している哲学者のようでもあり、最後の一行を楽しむ物憂げな詩人のようでもある。

 情報に追われ、人間に追われ、時間の流れすら見えなくなってしまった日本人にとって、枯れたススキの先端で静止し、思索にふける赤とんぼが、何か提案をしてくれている。

「夕焼け小焼けの赤とんぼ。追われてみたのはいつの日か・・・・」

 東京ではめっきり赤とんぼが目につかなくなった。と同時に、私たちは、どうも得体の知れない喪失感。つまり日本の良さを失うことの恐怖感に追われているような気がしてならない。