DIARY:夕焼け少年漂流記

 

2006.03.04

第12号「この朝の桜島は、黒から緑に色を変える」

作家の司馬遼太郎は、この桜島のことを人はもちろん、歴史すらその指紋さえ残せない・・・・・と書いている。

チェックインしたのが夜になったせいか、ホテルのバルコニーから桜島の陰を懸命に捜したが漆黒の錦江湾と、墨のような曇り夜空の向こうに扇形の輪郭さえ見えなかった。
時折、煌く星を頼りに、部屋のソファーに横たわって窓の向こうの桜島を捜していたが見えなかった。
和室の布団で肘をついて、しばらく煙草を燻らしたが、しかし、窓前面に広がるはずの姿は、とうとうその夜には掴めそうになかった。

今回は、父と母と少しは話をしようと思い、目覚ましを午前5時に仕掛け、朝一番のフェリーで垂水に向かおうと思った。上手くいけば、船のデッキから朝焼けを背景に真っ赤な桜島が見えるかもしれない。
うとうとしている内に僕は夢を見ていた。

ほんの短い夢は、白いランニングシャツに、白い短パンツをはいた少年時代の私だった。渚に打ち寄せる波の高さを確かめるようにずっと身動きもしないで、足元の砂を見ていた。少年の向こうで、夕陽が落ちようとしていた。少年が、引き潮を数える度に砂の中に沈んでいく。

林檎色の空が染み出した絵の具のように、やがて流れて垂れて、海を朱に染めている。音楽が流れている。ゆったりとしたフレーニーのオペラのようにも聞こえるし、昨年創作した「記憶」という歌のワンフレーズのようにも聞こえる。誰も居ないのに、誰かの気配がしている。

うつらうつらしていると、携帯電話の目覚ましが鳴った。小刻みにしか眠れなかったせいか、朝7時を過ぎていた。カーテンの隙間をこじ開けて、真っ青な空がシーツを透明にしている。

見たことの無いような清清しい桜島のなだらかな稜線が、あの日の少年の蒼い肩のように思えた。

墓のある垂水に向かう船に乗るころに、きっと彼は若葉色に変わっているだろう。