DIARY:夕焼け少年漂流記

 

2003.05.22

5月22日(木)Y氏と新橋の汽車の前で待ち合わせした。14年ぶりの再会である。

 わざわざ待ち合わせにこの場所を選んだのも、東京という街の景色がこのところ思いのほか変化し、電話ですぐに何丁目のどこ其処という約束のスポットがすぐに思い付かなかったからだ。



 あの頃は、毎晩のように赤坂の「楽屋」というカラオケ・スナックに立ち寄っていた。いつも、リクルートの仲間を連れて午前様。小さな8畳くらいのスナックに深夜になると顔馴染の客が、ひとりふたりと集まり、歌い慣れた持ち歌を唄い、まるで親戚か同級生のようにお互いの身の上まで分かり合っていた。夜毎深夜だけポカリと浮かんでは、消える“幻の村”、そんな店だった。



 深夜の2時を過ぎる頃になると、僕はこうした気の置けない仲間の集団から不意にはずれて、いつもカウンターで肘を折り、虚ろに飲むのが好きだった。意外と醒めた酒を飲むのが好きだったし、ポーズでもあった。同じ顔の仲間と、いつもの変わらない話題、安心できる大きな笑い声、それが居心地の良い夜も在ったが、時にひどい焦りと、自己嫌悪の美味くない酒に変わる時間帯であった。



ある夜、その日の自分の仕事に納得していなかったせいもあって、整理できない頭と気持ちを落ち着かせるために、一人で店を出て、すぐ隣の裏手にある神社の欅の下で月を見ていた。遠くに、一ツ木通りを大声で笑いながら家路に着く友人の笑い声が聞こえていた。

「お兄さん、何を寂しそうに白けてるの?」

振り向くと、満月の明かりが古くなったスポットライトように、Y氏の桔梗のような濃い紫のドレスを映し出していた。

「僕の居る場所がよく判ったね?銀座はもう終わったの?」

「楽屋に行ったら、さっきフラフラッて出てっちゃったよ。東さん裏じゃないか」っていうから・・・・・

まだ二十歳そこそこのホステスがクラブの席に着くのは、当時の僕にとって可能性のある人材が金と男に汚されていくのを放置していくようで、ゆっくりと酒を飲める気がしなかった。Y氏はそんな中でも最も傷つきやすいタイプのホステスに見えた。



少し冷たく感じられる神社の石段に座りながら、僕は眠くなりかけていた。
 「北海道に帰るんだろう?水商売は長くやる商売じゃないからね」

「銀座って、やっぱり合わないんだなぁ。ママが気にしてくれればくれるほど怖くなってきたの。」

「残念だなぁ。せっかく店の担当が決まったと思ったのに」・・・・と言いながら僕はやれやれという安堵に似た気分に浸っていた。
 
 あれから10数年がたっただろうか?

立派な主婦(大人の女)になった君と、相変わらず明日が見えない僕が汽車の見える喫茶店で、ミルク・ティーを飲んでいる。



「君の方が、余程僕より大人だったねぇ」

あの夜と同じ不思議な安堵心を、憶えていた。

「まさか、銀座に帰ってくるんじゃないだろうね?」

「どうして?・・・・絶対に帰りませんよ・・・・。あの街は足のない女性と、気の抜けた男性がフワフワ浮いているだけでしょう?」

「まるで風船だよね。“人の欲望と失望が膨らんで、たくさんの風船が飛んでるんだよね。」

「風船ほど、しっかりしてないでしょう。“紐は紐でも、頼りにならないでしょう?」



確かに上手い表現だと苦笑してしまった。

新橋の居酒屋のネオンと提灯が、いっせいに付きだし、しっかりとした足取りでY氏は、家路に向かった。