DIARY:夕焼け少年漂流記

 

2002.12.13

12月13日(金)陽が落ちて夜の冷たい空気が窓の隙間から少しずつ入り込んでいる。ベッドで、今朝の朝刊の“ふたご座流星群”の記事を読んでいるうちにほんの数分うたた寝をしたらしい。

 ホテルの部屋の窓から、忙しくパーティに出たり入ったりする黒塗りの車をぼんやり見ている。正面玄関前のロータリーの中心の植え込みが赤と、緑と、黄色の豆電球でちかちか点滅している。東京プリンス恒例のクリスマスの装飾が今年は例年より美しく見える。(きっと去年より大気が澄んでいる)


 ナイフできれいに二分の一に割ったような月が貼り絵に置いたレモン色のサラダボールのように浮かんでいる。携帯電話のメールを何度も読み返していたら、体が急に冷えてきた。バス・タブにぬるいお湯を貯めていると、空けていた扉が開いたので振り返ると夕刊が置いてあった。(もう午後6時なんだ。)


 午後3時からシー・アンド・エスの橘高会長と会議。そのてきぱきした話し方やいつもながらの笑顔から“シャープな元気”を頂いたせいか、昨夜徹夜したにもかかわらず僕の体がしゃんとしている。「七面草」でスッポンのスープを飲んだ後一軒だけ顔を出そう。そのあともうひと踏ん張りして、残った体力で小金井の公園に流れ星を探しに行こうと思った。


 ふたご座の流星群は、オリオンの南東から天中に向かって宵の口からよく見える・・・・・・と携帯サイトに書いてあった。中央高速でほんの30分。さっきまでホテルの窓から見ていた半月は、ハイウェーの両側の街路灯すれすれのところまで低く下りてきている。三多摩エリアのあちこちで流れ星を見るには“絶好の闇”が拡がっているようだ。調布インターをおりて、天文台通りをぬけ、昔よく訪れた「野川公園」の川べりに車を止めた。予想したより闇は深く、はく息がはっきりと白い。川の流れる音も凍ったように聞こえない。用意していた双眼鏡で星空を見上げ、ふたご座に焦点をあわせた・・・・・・。


 学生時代この街で過ごした。ちり紙交換をしたり、塾の先生をしたり、無認可の保育園の経営に携わったり、ありとあらゆるアルバイトをした。付き合いで始めた学生運動が中途半端にたち切れ、今振り返ると何故か取りあえずの仕事を探していたような気がする。この街が“僕の故郷”になると当時は考えていたが、とうとう現在まで僕は帰る街を持てないでいる。


 毎晩のようにみんなと酒を飲んだ居酒屋は見当たらず、あのころ君とキャッチボールをした空き地は一戸建ての分譲地、住んでいたアパートもモダンなマンションに変わっていた。


 東小金井の駅まで車を走らせて見た。昔と同じようにたくさんの学生たちが、週末の駅前通りを賑やかに歩いていた。(中に入って一緒に歩きたいなぁ)


 記憶というイメージのなかで、人や街や道や建物は実際のサイズよりどんどん広がって大きくなっていく。


 今夜見た小さな流れ星も、いつのまにか時が過ぎると思いのほか明るい色に輝き、僕の記憶の中に留まるのだろう。