DIARY:夕焼け少年漂流記

 

2002.10.19

10月19日(土)雨が降り始めた。このところ週末はいつも雨降りだ。いつもの様に品川プリンスシネマで映画「ロード トゥ パーディッション」を見てきた。

昼の間に映画を見るのはどうも時間がもったいない。太陽が空にあるうちに何も2時間も暗闇の中に行くことはない。そんな訳で、週末の土曜日は必ずオールナイトに出掛ける。良い席も空いているし、終了後に夜の東京をぶらぶら歩くと映画館の臨場感とストーリーを少しの間引きずっていられる。うまくすると詩が浮かんで来る事さえある。


 一方で、お台場や品川に登場したシネコンの椅子はゆったりしすぎて毎回睡魔との闘いも強いられる。よって駄作を見に行ってしまうと殆ど最初の20分で寝てしまう。先日行った「サイン」(メル・ギブソン主演)というB級映画は10分で熟睡してしまった。突然目が覚めて気が付くと、安っぽい宇宙人がスクリーンの中で頭を抑えていた。どうも、地球人のバットで殴られたらしい?


 「ROAD TO PARDITION」。この映画は早くも間違いなく今年度のベスト・ワン。ポール・ニューマン氏の燻し銀の役作りは勿論のこと、最近駄作の出演ばかりが目立つトム・ハンクス、その息子を演じるタイラー君は2000人のオーディションから選ばれた天才少年だ。3人はいずれも親子の愛とマフィア組織の義理や宿命との間で心揺れることになるのだが、激しい殺し合いが続く緊張感と1930年代アメリカの美しい風景と巧みな照明、やや青みがかった映像美の中で、それぞれの役者が実に微妙な忍耐と迷いと悲しみの表情を残酷なまでに作り出す。これは、深作欣司監督の「網走番外地」でもあり、コッポラの「ゴッド・ファザー」でもあり、殺戮のシーンにおける音楽と映像のバランスは「2001年宇宙の旅」にも匹敵する。


 母と父と弟を失うことになる身寄りのない主人公は、父が以前弾痕に倒れた時、その身を預けたパーディション市への途中の農家を故郷にすることになる。


 此処のあたりの田舎の風景が、古きよき時代のアメリカを象徴している。全編血で血を洗うギャング映画のラストに見るものの疲れを癒し、安心させるような「心の故郷」の絵でこの映画は終わる。


 「故郷」と言えば、北朝鮮から一時帰国した拉致家族の故里での再開シーンが、テレビで流れている。24年ぶりの再会。羽田空港に帰国したときより、ずっと人間的に解放された表情で、両親や昔の友人と抱き合い泣いている。彼らは、東京で記者会見をしたときより、「故郷」に帰郷したときの方がはるかに自然で素直になっている。


 最近のこの国は「両親」、「故郷」や「会社」、「友人」、「国家」、などの個人のアイデンテティを確認する何かが喪失しつつあるように思える。こう考える私自身も、生まれてからずぅっと“根無し草”だ。戸籍があろうが、パスポートが発行されようが、名刺があろうが、メールアドレスがあろうが、精神的に戻れる「故郷」が見つからない。


 帰国した人々が見せた“あの涙”が羨ましかったのは、私だけだったのだろうか?