DIARY:夕焼け少年漂流記

 

2002.08.20

8月20日(火)秋を思わせる湿度の低い心地よい風

秋を思わせる湿度の低い心地よい風が、ホテルの駐車場のセメントに映った青空すれすれに通り過ぎていく。台風一過の朝、多摩川あたりの川縁を散歩したらどんなに気持ちがいい事だろう。車の窓を開けて、1ヶ月あまり続いた異常な高温に蒸されたレザーのシートや窓際に吊り下げられたサマー・ジャケット、後部トランクのゴルフバッグや汗ばんだ手袋を陰干しにする。車の中に渦巻きがおきて、アート・ガーファンクルの高音の透明度が涼しげで一層シャープに聞こえる。お盆の連休を終えた人々が、今週から街に帰ってきた。余りの過ごし難さで人材の体力すら落ち込んでしまった新橋・汐留の高層ビルの建築工事現場のスピードもそろそろピッチが上がり、何とか帳尻を合わせるに違いない。
日曜日、TVのニュースで盆休みの帰省客のラッシュを伝えていたが、この不況では田舎に帰る予算を取れない家族がたくさんいるだろう。加えて東京という町の土産は金と情報くらいしか無いのにそれが圧倒的に消耗している。一方、海外からの帰国組もリフレッシュして「さあ行くぞ」という雰囲気も無い。成田空港にいやいや着陸した瞬間の空気の重たさや、明日から始まるそれぞれの日常の倦怠が早くもそういう表情にさせているのだろう。
誰も彼もこんな時こそ故郷に帰り、童心に戻り、昔の歌を歌い、夕焼けを見て、旧友と人生や国や地球のことを考えるゆとり、知性ある時間がほしい時期だ。
ホテルのタクシー待ちの客が少ないせいか、タクシーだけが何台も並んでいる。きっとホテルの空室率も6割、7割になっている。アイドリングの音と、秋を感じさせる鈴虫の音が混声し、黄ばんだ満月が増上寺の屋根に架かっている。
細川婦人のスペシャル・オリンピクスの最終日、2000人分の弁当を用意させていただいた。夫人の熱意というよりこの運動に懸ける笑顔と姿勢に惚れて。ボランティアに協力させてもらうと、少しだけ、ストレスと疲れが取れる気がする。自分より悩みが深く大きい人々に中途半端に接するのは、なんだか気が引けるのだけれど。あさっての木曜日は、新国立で「愛の妙薬」のゲネプロがある。これも胸が時めく。きっと朝方に首都高速を家路に急ぐ頃には、ぼやけた頭の中は睡眠不足のシンフォニー、日の出前の秋風に乗って空から舞い降りてきたコオロギや鈴虫の音がにぎやかに聴こえているだろう。